わたしは個人的には次のように考えている。
霊魂は無垢なままで存在している。そして窓ガラスを通して世界を見ている。その窓ガラスが脳である。脳は外界からの刺激を現実的に処理する、スキナーボックス的ブラックボックスであるが、それだけではない。脳の奥には永遠不滅の霊魂が存在し、脳を通してこの世界を体験している。そのように思える。だからたとえば知能発遅滞の場合にも、それはガラスである脳が少し曇っているだけで、その奥にある魂は無垢のままである。交通事故で脳が障害された場合にも、世界と交信するガラスが壊れてしまうので、普通の交信は難しい。しかしそれでも、霊魂はすべてを経験しているのだ。老年期認知症の場合も同じと思う。だから、わたしたちは接するときに、その奥にある無垢の魂に話しかけようと思う。言葉で、態度で、愛情で、「この世界はいいところだった」と体験してもらいたい。たとえば認知症の患者さんの場合は次第に窓ガラスは曇ってくる。それでもその奥にある魂は変わらずそのままだ。ガラスは曇っても直接心を伝えることができるように思う。