論文を読んだ感想
精神病的な要因を契機として、心理的・身体的な反応が生じ、さらにそこに、患者の周囲の環境や人間関係、患者自身の認知の仕方がそのサイクルに複雑に影響してくるモデルというのは、今ではごく一般的に考えられている。しかし実際、患者の状態を分類し、ではどの部分に、どのように介入していくかというのは、とても難しいものがあるように思う。
本論文では、Psychosisからの回復過程において、精神病体験を人生に統合し受け入れる場合と、それを閉じ込めて封印してしまう場合があるとされていた。しかし、辛い精神病体験を自分なりに整理し、自分のプラスであると考えられるためには、膨大な時間と周囲のサポートが必要になるだろう。多くの患者にとって、短期的には精神病体験は受け入れがたい体験となるのではないだろうか。
患者が己の現状(患者としてのアイデンティティ)を受け入れることは、とても大変なことであり、心理的苦痛を伴う作業である。デイケアなどでも、周囲の通所者と自身を比較してショックを受けたり、黙々と作業所で作業をする人たちの姿に己の将来を見たりして暗い気持ちになる人も多い。患者が自分の精神疾患や疾病体験を受け入れられるのは、現代の社会が彼らの有用性に気づき、彼らを受け入れるときだろうと思う。
将来的にそういう社会作りを目指していく必要性を痛感するとともに、治療者として今できることは何かということも考えさせられた。本論文ではCBT(認知行動療法)の効果について言及されていたが、まずは技法にとらわれすぎるのではなく、その患者が自分の疾患を受け入れていく過程に寄り添い、その辛さや動揺を理解することや、疾患を持つ患者自身の存在価値を認めること、患者が「ここにいてよい」と感じられるよう支援していくことが大切だと感じた。
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この論文はとても興味深い部分があるので紹介したい。
一言で言えば、早期精神病にたいして認知療法が有効である理由を述べている。
精神病症状がどのように形成されるかについては
1.Haefner らの生物学的な観点。脳機能障害によって引き起こされるあらゆる精神障害の
最初の徴候としてとらえる、階層性の症状出現モデル。
このタイプのものは単一精神病論に典型的である。
内因性疾患モデルは、「時間が来れば自然に、まるで目覚まし時計が鳴るように、症状が始まる」などという説明があり、
生物学モデルの典型である。
また、スローウィルスタイプの感染を想定する場合も、このタイプになる。
難点は、生物学的な脳機能障害の実体が不明確であり、説明も抽象的にならざるを得ない点である。
2.ストレス脆弱性モデル。
これは遺伝的因子、生育歴からくる因子、環境ストレス、対人ストレス、身体要因などざまざまな
因子の総和として発症に至ると考える。
大きくわけて、元々の脆弱性と、外部ストレスとに分けて考える。
このタイプの説ではストレスに原因としての位置を与えており、我々が日常診察する症例の説明として妥当であると感じられる。
3.Yungらは、生物学的な障害が始まりにはあるが、それに対しての生体反応と、
それを抱えて生きるための神経症的症状(言い方を変えれば、防衛規制)が発生し、
生物学的「過程」と心理的「反応」が複雑に相互作用すると考える。
このタイプの論の特徴は、心理的「反応」が単なる結果ではなく、生物学的「過程」にも影響を及ぼして、
症状を悪化させると考える点にある。
ここで「過程」という聞き慣れない日本語になっているがドイツ語の「prozess」のことで生物学的な原因始まりと進行を指す。
最初にYungらの説を引用し、次にはGaretyらの説を引用している。
Garetyの説はYungからさらに詳細になり、認知療法との関連を強調したものになっている。
つまり、もともと遺伝と生育歴に由来する脆弱性のあったところに、ストレスが加わり、異常体験が発生する。
異常体験を自分自身がどのように「評定」するかによって、異常体験は陽性症状になる。
自尊心の低下、否定的スキーマ、孤立、などがある場合に陽性症状が成立するという。
言い方を変えると、原因は生物学的、結果が心理的症状というのではなくて、
生物学的原因とそれに対する生体の反応(防衛規制と言ってもいいし神経症的成分と言ってもいい)
が悪循環を形成し、陽性反応に至るとする考えである。
生体の反応を大きく規定しているのが
認知療法でいうスキーマである。
従って認知療法が有効という結論になる。
通常、妄想のある疾患については、本人がその症状とスキーマについて変更の必要を感じていないならば、
認知療法の適応にはならない。
本人が希望していないのに
スキーマを変更するのは治療と言うよりも洗脳に近いからだ。
しかし、サイコーシス早期段階のように症状として違和感があり、スキーマにも変更の必要を感じる場合には、
認知療法の適応になる。
心的外傷体験が否定的自己スキーマを形成し、そのことがサイコーシス発展のリスク要因になることは理解しやすい。
いじめ体験や少数民族であることがサイコーシスと関連することが報告されているとのことで、
その基盤には、否定的自己スキーマとか自尊心の低下があるのだと考えられる。
さらに発展して、生物学的脆弱性は別にして、否定的自己評価が、独立かつ直接に精神病症状を形成するとの議論もある。
これは昔、PTSDがいろいろな精神病症状を引き起こすと議論されたのと似ている。
大切な論点ではあるが、慎重に吟味する必要があるだろう。
そのほかいくつか、不適切な認知スキームが症状を引き起こす可能性が論じられている。
被害妄想は低い自尊感情に対する防衛であるとの論が紹介されている。
また、自尊感情が低いほど妄想内容は自己否定的になると報告されている。
これは直接には幼児期虐待の結果の自尊感情の傷付きと、その後の妄想発生が関係していることを指していると
イメージすればよいのではないかと思う。PTSDの焼き直しの議論に近いかもしれない。
早期精神病から本格的な発病に至ることを阻止するために認知療法が有効である。
なぜならそこに否定的スキーマや自尊感情の低さが絡んでいるからだ。
サイコーシスからの回復過程に二つあり、
統合型回復スタイル(→精神病体験を自らの生き方の中に統合する)
と
封印型回復スタイル(→精神病体験を否認する)がある
精神病体験を否認する封印型回復スタイルでは
サイコーシスの否定的側面が意識され
サイコーシスに関連するスティグマからの防衛として
サイコーシスを他の体験から分離する傾向があり
直接に疾患を扱うよりもストレスを軽減することを目標とした治療を好む
統合型回復スタイルをとる人の方が予後がよい
統合型回復スタイルと封印型回復スタイルは
固定されたものではなく
教育により介入可能である
CBTを取り込んだ積極的アウトリーチ(Assertive Outreach;AO)を用いた地域支援サービスも有効である
しかし
このような場合常に問題になるのであるが
家族が心配して地域の相談所に行ったとして
本人の考えはどうか、緊急性はどうか、自傷他害の可能性はどうかと検討しているうちに
初動が遅れることがしばしばである
しかしまた見込みで動いて結果がいいという保証もない
発病前後の体験を支持的に聴取することが大切
そのことが統合型回復スタイルにつながる
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以上のように
早期サイコーシスの発生と成立において
心理要因が大きく関与していて
それを認知療法的に説明することができ
早期介入することで発症を阻止することもできるし
発症後の統合型回復スタイルを形成するにも役立つ
ということで
なかなか明るい見通しである