OCDと認知行動療法
その1 認知行動療法とは
有園正俊 OCDお話会主宰・精神保健福祉士
はじめに
強迫性障害(OCD)の治療では、薬による治療のほかに、認知行動療法が有効です。その認知行動療法、日本では徐々に普及してきていますが、現状ではどこの医療機関でも受けられるというわけではありません。一般の方にとっては、実際はどのようなものなのか、どう利用したらいいのか、よくわからないという声も聞きます。そこで、今回から3回に分けて、OCDの認知行動療法について、わかりやすく解説していきます。
私は直接の治療者ではありませんが、この分野のエキスパートである先生方の研修をいくつも受けさせていただいたり、患者会で治療を受けた方の体験を聞かせていただいたりしています。そこに共通する認知行動療法の基本を、特定の専門家の治療法に偏らずに紹介していきたいと思います。
第1回は、認知行動療法の概略について説明します。
目次
§1 認知行動療法とは
§2 基礎になる考え方
§3 おもな特徴
§4 利用するときには
§1 認知行動療法とは
認知行動療法は、心理学を用いた治療法です。認知行動療法と呼ばれるようになる前は、認知療法、行動療法という治療法があり、それぞれ別々に発展してきました。
認知療法は、認知、つまり、「考え方のくせ」に働きかける治療法です。元はうつ病の治療として開発され、他の分野にも広がっていきました。ですから、そのような分野から勉強していった専門家のなかには、今でも認知療法と呼ぶ人も多くいます。
行動療法は、行動に働きかけて、実際に体を使う治療法です。OCDでよく用いられる曝露反応妨害法は、行動療法の技法の一つです。(⇒OCDの治療法>行動療法)
その後、認知療法と行動療法の間で重なる領域が増え、欧米では1990年代ごろから、これらの治療法の総称として、認知行動療法と呼ぶことが多くなりました。
認知行動療法は、OCD以外でも、広く用いることができます。
①精神疾患では……うつ病(⇒第47回コラム、⇒第48回コラム)、パニック障害、社会不安障害(対人恐怖)、PTSD(外傷後ストレス障害)、摂食障害(⇒第25回コラム)、依存症、統合失調症など
②心身の医療では……肥満、生活習慣病、禁煙など
③子育て、家族の問題では……子や親が抱える問題(発達障害、不登校など)、夫婦の問題など
④一般の人でも……ストレスや悩みなどへの対処
以上のように、多くの分野で有効とされています。
§2 基礎になる考え方
このような認知行動療法における「認知」と「行動」は、とても広い意味をもちます。学問的に正確な定義を書こうとすると難しく、専門家でも人によって解釈が異なりますので、ここではわかりやすさを優先して書きます。
認知 は、考え方、思いこみ、言葉、視覚的なイメージなどです。
行動 は、体を動かすことは何でも含まれます。
そして、認知行動療法で扱う認知と行動は、多くの場合、お互いに影響し合っています。
OCDの場合、強迫観念は認知に生じる症状であり、強迫行為は行動と認知に現れる症状です。たとえば、不潔恐怖の人が「汚染される」と思うことが認知の症状で、それによって、過剰に手を洗ってしまうことが行動の症状です。これを繰り返すことで、ますます強迫の症状にとらわれるという悪循環ができてしまいます。(⇒OCDの治療法>行動療法)
その他に、OCDでは、不安や恐怖の感情があったり、体が緊張したり、疲れたりします。このような、感情や、身体の反応も、認知や行動と、お互いに影響し合っています。また、家族や職場との関係のような自分以外の環境も、これらと関係しています。
このように、「認知」、「行動」、「感情」、「身体」、「環境」の5つが相互に関係し合っている様子(図1)を、認知行動療法では基本モデルとしています。
この5つのうち、精神療法として働きかけやすい「認知」か「行動」に焦点を当てるのが、認知行動療法です。お互いに影響し合っているので、たとえば「行動」に働きかけたことがうまく行くと、他の「認知」、「感情」、「身体」もよくなっていきます。
ちなみに、SSRIなどの抗うつ薬による治療(⇒OCDの治療法>薬物療法)は、この理論でいうと、「身体」を通して「感情」に働きかける薬を使うことで、「認知」や「行動」も次第に変化していく、ということになります。
そして、ガイドライン(参考文献[1])によると、OCDの治療では、認知行動療法と薬(SSRIかクロミプラミン)とを、ケースに応じて併用するか、もしくはいずれか一方を用いることが第一選択肢とされます。これは「認知」、「行動」、「感情」、「身体」の4分野に作用することになるため、改善する可能性が高いということになります。
§3 おもな特徴
①「今」問題となっている部分に焦点を当てて、現実に適応しやすいよう学習していく治療法です。
精神分析とは違い、精神の深い部分はあまり扱いません。病気になった原因を探すようなこともあまり行いません。そのため、治療期間が、他の精神療法に比べて短いことが多いです。
②患者さんと治療者とが協同で行う治療法です。
③心理教育と言って、認知行動療法のしくみと、症状の正しい知識について、患者さん自身ができるだけ理解できるように、治療者が説明します。このとき、冊子や本を利用することも多いです。
④認知行動療法は、いろいろな分野で使われることもあって、たくさんの技法があります。
§4 利用するときには
認知行動療法は、多くの精神疾患に対して行われつつあります。しかし、認知行動療法ができる治療者(医師、心理士)はまだ多くなく、しかも、認知行動療法ができる人でも、すべての病気に対して治療ができるとは限りません。うつ病にはできるが、OCDにはできないという治療者も多いのが現状です。
ですから、患者さんが認知行動療法を行っている医療機関や心理療法の施設を探す場合、「強迫性障害に対する認知行動療法を行っていますか?」と問い合わせるといいでしょう。もちろん、その患者さんに対して認知行動療法を行うかどうかは、実際に医師が診察して、認知行動療法が向いていると判断してからになるので、必ずしてもらえるとは限りません。
*第2回は、認知行動療法のうち、OCDの治療でよく使われる曝露反応妨害法を紹介します。
●参考文献
[1] John S. March (著), Daniel Carpenter (著), Allen Frances (著), David A. Kahn (著) 大野 裕 (訳) 『エキスパートコンセンサスガイドライン 強迫性障害(OCD)の治療』 ライフ・サイエンス
[2] 伊藤絵美(著) 『認知療法・認知行動療法カウンセリング初級ワークショップ』 星和書店 2005年
[3] 原田誠一(編) 『強迫性障害治療ハンドブック』 金剛出版 2006年