荻野恒一「現象学と精神科学」

荻野恒一著「現象学と精神科学」は1988年世界書院から刊行された。1973年版「現象学的精神病理学」医学書院の増補改訂版である。
荻野恒一は京都大学で村上仁を師を師とし、フランス留学期にミンコフスキイを知り、ジャック・ラカン、アンリー・エーのセミナーに参加、メルロポンティ、ピアジェの講義を受け、ミシェル・フーコーの構造主義に接したという。
「〈現象学〉は研究方法を、〈精神〉は研究対象を意味している」とし、「自然科学方法に基づく人間研究に対応するものとして、現象学的方法に基づく精神の科学を考えている」と記す。
「志向性」を強調し、「実験室内に於いて事柄の原因と結果との関係を問う方法が、自然科学研究の基本的態度であるのに対して、何ものに向かって何ごとが語られているかを本質直感でもって問い続けていくことこそ、現象学的精神科学の本格的態度なのである」と語る。
被害妄想や幻聴について、わたしたちが無自覚のうちに解剖学や生理学をモデルとしたために、事柄を誤って考えてきた可能性はないか。
フッサールは算術における数学的客観主義の行き詰まりを指摘し、自然科学的方法の背景にある「自然的態度」を批判する。”Zur den Sachen Selbst”〈事象そのものへ〉、”Epoche”〈判断停止〉、ものの見方の”freie Variation”〈自由変更〉を唱え、虚心に事象を見つめること、無反省な断定を避けて、事柄をより正しく見つめる誠実な態度を提案する。これが広義の現象学的還元である。
それをうけて、ヤスパースは「精神病理学総論」を著し、ハイデッガー、サルトル、メルロポンティ、ビンスワンガー、ボスと続く。共通の方法は現象学的還元である。