サイード「遠い場所の記憶 自伝」

驚くべき言葉。
たとえば、

これほど長いあいだ孤独と不幸を味わったものの、最終的にはわたしは自分のことを幸福と考えるようになった。いまでは、「ふさわしく」あること、しかるべきところに収まっている(たとえば、まさに本拠地にあるというような)ことは重要ではなく、望ましくないとさえ思えるようになってきた。あるべきところから外れ、さ迷い続けるのがよい。決して家など所有せず、どのような場所にあっても決して過度にくつろぐようなことのないほうがよいのだ。

というのである。
そして本書のタイトルは、「Out of place」である。

またたとえば、このように語る。

不眠は、わたしにとって、どんな代償を払っても確保したいほど
好ましい状態である。
流れ続け、離れ、ずれていて、つねに動き続けるのがよい。
これほど多くの不協和音を人生に抱え込んだ結果、かえってわたしは、
どこかぴったりこない、何かずれているというあり方のほうを、
あえて選ぶことを身につけたのである。

このような言葉を読んでしまえば、
多分、男よりも女がサイードを嫌悪するだろう。
貧乏人よりも金持ちが彼を嫌悪するだろう。
現在の幸福を手放したくない人は彼を嫌悪するだろう。
人の親である人は彼を隠蔽しようとするだろう。

Out of place を さまよい続けよというのだから。